シ ウ   シ   イー   シャ
題字

―シャドウ・ジハード特別編―

3. (イエ)()(パン)(ホァン)  夜に(まど)う悩める(おおかみ)

 ジェシスとソフィシエが通された客室は、三階の東の端の(かど)部屋だった。
 室内には、きっちりと整えられた大きな寝台(ベッド)が二つある。他にも、繊細な彫刻が(ほどこ)された木製の鏡台や、()かしのある衣装箪笥(だんす)などが据え付けられていた。池のある庭に面した円形の窓を(のぞ)けば、月明かりの下で幻想的な雰囲気を(ただよ)わせる景色が楽しめる。
 部屋の広さといい、調度品の(しつ)といい、申し分ない。おそらくは、この宿屋で最高級の客室ではないかと思われた。 
 こんな部屋に無料(ただ)で泊めてもらうのは、さすがに気が引けたが、ここしか()いていないというのだから仕方ない。 
 春明(チュンミン)は案内を終えた(あと)、『祖父に頼んで疲労に効く薬湯を作ってもらいます』と告げて、すぐに階下に戻ろうとした。 
 そのとき彼女は、ジェシスも入浴してはどうかと(すす)めてくれた。だが……彼は、たとえ宿のなかにいても、今のソフィシエから目を離すことには躊躇(ちゅうちょ)があった。
 しかし、そのソフィシエまでが『行ってくれば』と(のたま)ったので、ジェシスは部屋を出て春明と共に階段を下り、一階に向かった。 


 いい湯加減だな……。うう……何だか眠くなってきた)
 ソフィシエと同じく個人用の浴室を借りて、ジェシスは五日ぶりのまともな入浴を満喫(まんきつ)していた。船上では()(みず)は貴重品なので、とてもこれほど潤沢(じゅんたく)には使えなかったのだ。
 湯船のなかで伸ばされた少年の(たい)()は、引き締まっていて、強靭(きょうじん)な筋肉を内に秘めていることを(うかが)わせた。
 服を着ていると『中肉中背』の一言(ひとこと)で済ませられそうな体つきのジェシスだが、こうして脱ぐと、特別な鍛錬(たんれん)を長く積んできた身であることが明らかになる。
 本当なら、影の兵士(エージェント)が外国において、これほど無防備になるなど言語道断だ。
  が、ほどよく温かい湯に身体を沈めている最中、ジェシスはふと、自分の属する立場を忘れたくなってしまった。 
 日常を離れた世界で、(めずら)しいものを見、美味しいものを食べ、風呂に入って眠る。
その(あいだ)くらいは、影の戦争から離脱していたいと……そう思ったのだ。
 一瞬でも、こんな願望が頭を()ぎるなど、一流の影の兵士にはあるまじきことかもしれない。 
  れでも――
 きっとシュリやキアラは、この島で、同じような思いを(いだ)いて暮らしていたはずだ。
 だからこそ、報告書を書くことさえ放棄して、日常との(つな)がりを絶った。
  して、あるいはソフィシエも……?
 先刻(せんこく)、この浴室にいたときに、自分と全く同じ衝動を覚えたのではないだろうか。
 だからこそ、春明からの提案を素直に受け入れ、この宿に(とど)まった。
  分たちが過ごしている日常は、自分たちが選んだもの。なのに、こうして非日常の内に柔らかく包まれていると、その心地良さに酔わずにはいられない。(はかな)(おろ)かな欲求が、どうしようもなく頭を(もた)げてくる。
 外国――敵地にいるという危機感を捨てて、この一時の安寧(あんねい)に身を(ゆだ)ねたいと……。
 ジェシスは、たっぷり()一時間浴槽に()かってから、春明が前もって手渡してくれた着替えに(そで)を通し、浴室を出た。


 部屋に戻ると、寝台のひとつに腰掛けた少女は、しかめ(つら)で彼を出迎えた。
 ……おかえりなさい。あなたいったい、いつからそんなに長風呂するようになったの?」
「あー、悪い。つい気持ち良くて、うたた寝しかけた。睡眠薬(クスリ)()んでねえのに、あんな気分になったのは、ガキの頃以来だ」 
 ジェシスが答えると、ソフィシエは驚愕(きょうがく)と非難の感情を(あらわ)にした。
 信じられない……! お風呂に入ったりするのは、ただでさえ危険すぎて普通なら考えられないことよ? なのに、完全に精神状態を()(かん)させて眠りかけるなんて! あなたがそれほどまでに大物(おおもの)だとは、ついぞ知らなかったわ」
 どうせ俺は、これほどまでに大馬鹿者だよ。自分でもわかってる。だがなあ、そんなに顔(ゆが)めて文句言うくらいだったら、最初から風呂行けなんて言うな」
 ジェシスが怒鳴(どな)るでもなく淡々と言うと、ソフィシエははっ(・・)として表情を変えた。
 ち、違うわ……」 
 (あわ)てて立ち上がると、目の前まで歩み寄ってきて、右手を差し出す。 
 わたしが変な顔してるのは、これが苦いからよ」 
 彼女の手には、焼き物の(わん)があった。その椀には、形容し(がた)い色の――敢えて表現するなら、(こけ)(さび)(どろ)を混ぜて煮込んだような――液体が、なみなみと満たされていた。
「何なんだ、その()(たい)の知れない液体は!?」
 一口飲んだらコロリといきそうな危険さを感じて、ジェシスは()()った。
 おまえ……それ、飲んだのか!?」
「飲んだわよ。さっき、わざわざ春明(チュンミン)が持ってきてくれたんだから」
 な、なるほど。これが春明のじいさんが作った薬湯ってわけか。しかしこれは……)
  体の正体は判明したが、ジェシスはなお不安だった。
 の、飲んで平気なのか?」 
「平気よ。拷問に使えそうなほど不味(まず)いけど」
 マジかよ……」
 ジェシスはぞっ(・・)として、底なし沼のようにすら見える不気味な液面を凝視した。
「おまえなあ、実は他人のこと(とが)められるほど警戒心ないだろ? そんな劇物もどき(・・・)を、みだりに口に入れやがって!」 
 あら、民間人の好意を疑うのは良くないわ」
 ソフィシエはあっさりと言って、()(けん)(しわ)を寄せながらも薬湯をもう一口飲んだ。
 俺だって、本気で毒が盛られてるとは思ってねえよ! 春明に失礼だろうが。そういう意味じゃなくて、 たちは外国人なんだから、この国の薬は体質に合わねえ可能性とかもあるだろ? もう少し、その辺を考慮して……」 
 ジェシスも、ちょっと飲んでみない? これ、疲労回復と滋養強壮の成分が入ってて、すごくよく効くそうよ」 
 誰が飲むかッ!」
 ジェシスが叫んで突っ込むと、少女は飲みかけの薬湯の椀を背後の小机(こづくえ)の上に置いた。 
  して振り返りざま、唇だけで、ふっと皮肉げに笑む。
 知ってる? この国の伝統的な医学はね、人体の備える自然治癒力を高めるという方式をとっているの。 も、その多くが天然の素材から直接作られているのよ。あなたが常用してる薬よりは、よっぽど健康的だと思うけど? 薬物中毒者(ジャンキー)もどき(・・・)のジェシスくん」 
 っ……!?」
 揶揄(やゆ)する口調に、ジェシスは瞬間的に逆上した。
 ソフィシエ、てめぇ……」
 低く(うめ)くと、射抜くような視線で少女を()めつける。
 もとから『こわい顔』であるジェシスが怒ると、まさに泣く子も黙る形相(ぎょうそう)になるのだが――そんな彼を瞳に映して、ソフィシエは(おび)えもせずに、微笑していた。
  っきの含みのある笑みとはまるで違う、無垢な……しかし、どこか痛々しい微笑み。
 わたし、嘘は言ってないでしょ? あなたは薬物なしでは仕事を続けられない依存者。あなたをそんな仕事に就かせることになったのは、このわたし、よね…… 
 ……!?」
 ジェシスは、頭から水をかぶったような衝撃を受けて、(われ)に返った。
 怒気(どき)(しず)まっても、咄嗟(とっさ)には言うべき言葉が見つからず、ただただ困惑する。
「……言った通り、わたしは明日帰るわ。でも、あなたはもうしばらく滞在して、(ほね)(やす)めしていって。チーフに事情を説明して、誰にも文句は言わせないようにするから」 
 ………………………………」
 ソフィシエの口から出たとは信じ(がた)台詞(せりふ)に、ジェシスはますます()(ぜん)となった。
「わたしだってね、ほんとは他人(ひと)のこと言えないのよ。不覚にも仕事のことを忘れそうになったもの。お風呂に入って、こんな情緒(じょうちょ)のある部屋でくつろいでると……」
 ばつが悪い告白でもするように、少女は()し目がちに(ゆか)を見ながら(つぶや)く。
 あなたが薬に頼らずにぐっすり眠れそうな場所って、すごく貴重じゃない? いい夢を見るせっかくの機会を(のが)すのはもったいないわ。だから……」 
 ソフィシエ……」
  ェシスは、言い知れぬ気まずさ――今日は何度も似たような気分を味わったが、そのなかでも最高の――に捕われ、いたたまれなくなって、うつむいた。 
 しかし、少女が次に口を開いたとき、そんな感情は一時的に心の(すみ)に押しやられることになった。 
「夕食のときは、ごめんなさい。どうしても()(ねん)ばかりが先に立って、あんなきつい言い方になっちゃったの」 
 謝罪に続く言葉に注意を(かん)()されて、彼は顔を上げた。 
 おまえが、懸念? どういうことだ?」
「この島がいかに戦争とは()(えん)に見えたとしても、主権を持つ国家である以上、影の戦場の一部には違いない。つまりそういうこと。この天華にも、国に(つか)える影の兵士がいる。彼らは自分たちのことを『天兵(ティエンビン)』と呼ぶの」
 ティエンビン……? 『天兵』か? 初めて聞くな」
  慣れない単語に、ジェシスは首をひねる。
滅多(めった)に国外に出ないあなたが知らないのは無理ないわ。『天兵』とは、天なる女神が(つか)わした兵、すなわちそれだけ強い兵士という(たと)えなのよ」
 そりゃまた、ずいぶんと強気な自称だな……」
「でも、彼らが(うわ)()だけの自信家じゃないのは確かよ。小国のエージェントだからって、決して油断はできない。なめてかかると、痛い目に()うわよ」 
 ソフィシエは、(しん)()な表情で話を続けた。
「もう二年近く前になるけど、わたしは我が国(サーヴェクト)に潜入してた天兵たちと一戦交えたことがあるの。正規の任務中じゃなくて、 種の偶発的事態として遭遇したから、わたし一人で緊急対処する羽目(はめ)になったのよ」
 じゃあ、クレバーはその場にいなかったのか? 完全におまえ一人で?」
「ええ。相手にした天兵の人数は多くはなかったけど、手強(てごわ)かったわ。本気にならざるを得ないくらい。仲間同士の互助(フォロー)も上手くて、ほとんど逃げられちゃって……結局、(つか)まえられたのは一人だけ。その後、捕縛(ほばく)した相手と直接情報戦に入ったときが、さらなる苦戦の始まりだったのよね……」 
 脳裏で記憶を()()り寄せているのか、ソフィシエは、しばし目を閉じた。
「男なら魅了術(ファッシネイション)が効くのに、あいにくその天兵は女で、正攻法を()って対処するしかなかったの。 での説得や脅迫は通用しなかったから、わたしも容赦なく実力行使したわ。それでも相手は丸三日間、()を張り通して耐えた」
  れを聞いたジェシスは、感服せずにはいられなかった。
「おまえ相手に、三日も()ちなかったってか!? た、たいした奴だな……」 
 そう、たいしたツワモノなのよ。とにかく、この国に属するエージェントは、戦闘能力はもとより、 誠心なんかにおいても優秀だってことはわかってるの。集団としても連携のとれた動きをするし。おまけに、 華の国民のなかには、ごく少数ながら、魔術の資質を持つ者がいる。このことは、よく知られてるでしょ?」 
「ああ。ルミナスなんかと同じで、月守りの民(レイリスセレス)の一部がこの島に降臨(こうりん)して、定着したとかいう説があんだよな。国民が(そう)じて黒髪なのは、()の民の血を引いてるせいだとか」
「あのルミナスに(くら)べると、資質を持つ人間の数はずっと少ないし、魔力自体も弱いとは言われてるわ。それでも、魔力を持たない人間にとっては(きょう)()よ。この国では魔術のことを『方術(ほうじゅつ)』と呼ぶんだけど、その方術使いが、二年前に戦った天兵のなかにいたの」
 なっ……!?」 
  ェシスはさすがに動揺して声を上げた。 
 彼の反応に、ソフィシエは()が意を得たりという顔つきになる。
「これで、あなたもわかった? この島は、遊興(ゆうきょう)と歓楽に(あふ)れた理想郷のように見えて、実は()(くつ)かもしれないのよ。わたしたちにとってはね……」 
 それでおまえは、明日帰るなんて言ったのか。シュリたちを許せないとか言ったのも、ひょっとして……?」 
「……ええ、まあ。この島の危険な側面を知らずに遊び(ほう)けてるみたいだったから、心配になっちゃって。でも、 くよく考えてみれば、あそこまで現地の生活に溶け込んでると逆に目立たないわよね。下手(へた)に不審な行動するより、安全かも」
 それは……そうだろうな……」
  の豪遊ぶりは、ある意味、完璧すぎるカモフラージュと言えるだろう。
「彼女たちが警戒心を(ゆる)めるのも、ある程度仕方のないことね。この島には常に外国人が大勢(おおぜい)滞在してるから、どこをうろつくにも他人の目を気にしなくていいし。そもそもこの国は、国境のない島国ゆえか、大陸の国々に比べて戦場としての空気が()(はく)だわ。しかも天兵たちは、 年前以来、一度も我が国に干渉してきていないの。おかげで本部においても、天華という国 真の実力を認識している人間は、ほぼ皆無と言っていい状態よ」 
唯一(ゆいいつ)おまえだけが、天兵の怖さを知ってるってわけか?」
 そうかもしれないわね……」
 一通り合点(がてん)がいったジェシスは、神妙(しんみょう)に頷く。
「……確かに、(なが)()を避けるには正当な理由だな。そういうことなら、おまえに従って、さっさと引き揚げたほうがよさそうだ」 
 あなたまで明日帰る必要はないわよ」
 何でだよ?」
 ソフィシエからの思わぬ返事に、彼は(ひょう)()抜けして問い返した。
 あなたは天兵に遭遇したことがないし、国外任務に就くこと自体珍しいじゃない。この国で仲間の(ほか)に、いったい誰があなたの()(じょう)を知ってるっていうの? 黙って普通に過ごしてれば、何の危険もないに決まってるわ」 
 だから、俺だけここに残って、しばらくゆっくりしてけって? 馬鹿言え! んなことできるか。って言うか、それだと意味ねえんだよ」 
 ジェシスは、脱力感と共に軽い頭痛を覚えて、(ひたい)に手を当てた。 
 あのなあ、もうこの際、はっきり率直に言わせてもらうぞ。聞いても今更、文句並べたりすんなよ?」 
  う前置きしてから、少女の瞳を見据えて告げる。
「今回の任務の内容は、単なる建前(たてまえ)だ。(ほん)()は、無茶ばっかするおまえを、どうにかして休ませたいってとこにあんだよ」 
  白の直後、室内には静寂が訪れた。
 だが、それほど()を置くことなしに、ソフィシエが声を発した。
 ……わかってたわ」
  の奥から、絞り出されたような声だった。
 ほんとはそんなこと、最初からわかってた……。見え透いてるもの」
 ………………………………」
  ェシスは驚かなかった。
  フィシエなら、全て裏を承知した上で、敢えて任務を受けた可能性もある――いや、むしろその可能性のほうが高いとも考えていたからだ。 
 (あん)(じょう)、彼女はこれまで、何も気づかないふりをしていただけということになる。
「クレバーくんも、チーフも、ピアスも、そしてあなたも。みんなわたしのこと()(づか)ってくれてるのはわかってる。嬉しくて、その好意を無にすることはできなかったの……」 
 彼女の口調は次第に速く、強くなっていき、やがて(なか)(かす)れた。
「けれどわたしには、その気遣いが痛くもあった。自分の欠陥(けっかん)とか、無能さとかを、ますます思い知らされることになって……!」 
 (うめ)きとも叫びともつかぬ響き。それは、()(もん)する患者が自分の病状を訴えるときの声音にも似ていた。 
  激に取り乱し始めた少女に向かって、ジェシスも押し殺した声で叫ぶ。
 ソフィシエ! いいから、そんなに思い詰めんな!」
 思い詰めてなんかないわ! ただ自分の弱さが許せないだけ」
 そういうのを思い詰めてるってんだ。やっぱおまえには、もうちょっと頭を冷やす時間が必要だな。一日帰るのを延期して、明日だけでも休養しろ!」 
 ジェシスの命令に、ソフィシエは(むす)んでいない黒髪を振り乱して(かぶり)を振った。
(いや)ったら嫌! わたしは明日帰るの。クレバーくんはまだ怪我(けが)が治ってないのに、相棒(パートナー)のわたしが(のん)()にしてられるはずないじゃない! それに、わたしと一緒にいるとあなたが危険なのよ、ジェシス。天兵の存在も気になるし、こんな島にだって『クラウ狩り』が(ひそ)んでいないとも限らないわ。わたしのせいで身を(あや)うくするのは、クレバーくんだけで十分でしょ!? 
 身を危うくすんのが怖いなら、俺はとっくに影の戦場にはいねえよ」
  ェシスは即座に言い返したが、相手はそれを完全に無視した。
「何より、わたしが(そば)にいると、あなたの心が安らがないはずよ。だからわたしは帰る。誰が何と言おうと、明日帰るんだから……! 
 これで問答(もんどう)は終わりとばかりに、ソフィシエは(きびす)を返した。そのまま、奥の寝台のほうへと歩いていく。 
「お、おまえなあ! さっきから、挑発するようなこと()かしたかと思えば、らしくない態度に出たり、いきなり妙なこと口走(くちばし)ったり、いったいどういうつもりなんだよ。まさかおまえ、まだ……っ!?」 
  後まで言い切ることができずに、ジェシスは絶句した。
 少女が彼の見ている前で、(まと)っていた部屋着をするりと脱ぎ捨てたのだ。  
 しかも彼女は――下着の(たぐい)一切(いっさい)身に着けていなかった。
 おい、こら! 何やってんだ、てめぇは!!」
「何って……明日に備えて眠るための準備よ。春明、薬湯と一緒に寝衣(ねまき)も持ってきてくれたの。あなたのは、そっちの寝台(ベッド)の上に置いてあるわ」
 ソフィシエは平然と言って、部屋の入り口に近い(がわ)の寝台を指し示した。
 確かにそこには、きちんと()(たた)まれた新しい衣類があった。
 って、そうじゃねえだろ!! おまえ、着替えるなら一言断ってからにしろよ!」
 怒鳴りつつ、ジェシスは全裸の少女から視線を()らそうとして――見事に失敗した。
  を向けようとした先に鏡台があり、その鏡が絶妙な角度で白い裸身を映し出していたから……というのは、単なる言い訳でしかなかった。 
 ひとたび目のなかに焼きついた少女の幻影が、強烈な誘惑で()って、彼の視線を実像へと()い寄せたのである。
  手があまりに自然体でそこにいると、じっと見つめることも罪ではないように思えてくる。むしろ、あたふたすると余計に後ろめたくなるような気さえした。 
 淡い照明が満足に届かない部屋の片隅で、ソフィシエの身体(からだ)薄闇(うすやみ)のなか、(ほの)かに浮かび上がっている。 
 まだ発展途上で未成熟な、しかし(なめ)らかな曲線を描く肢体。ほっそりとした腕や(あし)は、つかんでちょっと力を込めたら折れてしまいそうだ。 
 たとえ手の届く位置にあったとしても、触れるのは躊躇(ためら)ってしまうだろう。
  女は――壊れものだ。
 ジェシス……?」 
 見つめる視線に気づいたのか、ソフィシエは寝衣(ねまき)を広げたところで手を止めた。こちらを見つめ返す。 
  して一糸纏わぬ姿のまま、静かに近づいてきた。
 ジェシスは動けなかった。まるで、両足が(ゆか)()いとめられてしまったかのように。
 彼女の全身を明かりが照らし出したとき、彼は息を()んだ。
 ……!?」 
 ()(ぢか)に眺めると、ソフィシエの肌には、無残な傷痕(きずあと)が数多く見受けられた。
  闘や拷問、あるいはそれらの訓練によってつけられたものだ。戦場に生きる者たちの身体には、多かれ少なかれこうした傷がある。それはジェシスとて例外ではない。 
 だが、彼女の傷痕の生々(なまなま)しさときたら、影の兵士一般を基準にしたとしても、尋常(じんじょう)ではなかった。これまで、いかに凄絶(せいぜつ)な日常を送ってきたのかを如実(にょじつ)に物語っている。 
(みにく)いでしょ? わたしの身体……」
 自嘲の(にじ)む声で言うと、ソフィシエはジェシスに背中を見せ、右手で髪をかき上げた。
「ほら、こんな『敗者の烙印(らくいん)』まであるの」
 それは……」
 右肩の後ろにくっきりと残る刻印は、あらゆる傷痕(きずあと)のなかでも一際(ひときわ)目を引いた。
 クレバーと同じ……」
 翼を広げた(わし)を抽象化した()(しょう)――それは、烙印による火傷の(あと)だ。
 ええ。この『おそろい』の刻印のことは、前に話したわよね。半年前、メラハシュ潜入記念に押されちゃった、例のあれよ」 
  フィシエは再び正面を向き、さらに一歩、二歩とジェシスに近づいた。
「あのときも、わたしのへま(・・)のせいで、クレバーくんは(ひど)い目に遭ったわ。そう、世にもおぞましい目に……」 
 もはや彼女は、その息遣いや、かすかな(ぬく)もりをも感じさせる距離にいる。
 わたし、このままじゃ、彼のパートナー失格なの。だから、もっと強くならなきゃ……。もっと……もっと……!」 
 少女の(つぶや)きは、熱に浮かされた病人のうわ(ごと)のように部屋を(ただよ)った。
「肩の刻印は、あのときの恐怖と屈辱を忘れないための(いまし)めよ。決して消えない傷痕は、過去の記憶をいつでも鮮やかに(よみがえ)らせてくれる……」
 ソフィシエは不意に身をかがめて、ジェシスの脇腹の下、腰骨(こしぼね)(あた)りに手を当てた。
 そこから左の太腿(ふともも)を通って、(ひざ)を過ぎるまで、布越しに指を()わせる。  
 ねえ、ジェシス。四年前、あなたがここに負った傷も、きっとまだ消えてないわよね。消えるはず、ないんだから……」 
 触れられた瞬間、ジェシスはゾクリとした。細い指先が左脚の上を(すべ)ると、その感触は複雑な刺激となって全身を駆け巡る。 
  れでも、彼は動けなかった。
 本当に金縛(かなしば)りにあっているかのようで、何か言おうとしても声が出ない。
 ソフィシエは、そんな彼の手を取って、自分の左胸、わずかに(ふく)らんだ()(ぶさ)の上に押し当てた。その柔らかさに()かれて、半ば無意識の(うち)に指先に力がこもる。
 こんな身体でも、こうするとやっぱり欲情する? 抱きたいって思う?」
  上げて尋ねてくる少女は、まるで知らない女の顔をしていた。
 もしそうなら、好きにしていいわ。任務中は必ず避妊対策してるから、わたしがクラウだってことも気にしなくていいし……」 
 少女の身体が放つ甘い香りに(から)め捕られ、ジェシスの理性は(しび)れかけていた。
  かし――
「抱いて。それが少しでも(つぐな)いになるのなら……」
  の言葉が耳に飛び込んだ瞬間、彼の心身は、すっと冷えた。
 素早くソフィシエから離れると、(けわ)しい口調で命じる。
(タチ)の悪い冗談はそこまでだ。おまえは疲れてんだから、もう寝ろ。今すぐ寝ろ!」
 茫然(ぼうぜん)と立ち尽くしている少女に向かって、ジェシスは早口でさらに続けた。
「ちゃんと寝衣(ねまき)着てから横になれよ! その薬湯も、体にいいってんなら全部飲んどけ。俺はちょっと外の空気を吸ってくる。すぐ戻るから、おまえは先に寝てろ!」 
  い終わるやいなや、彼は背後の扉を乱暴に引き開けた。


  げるように部屋を後にしたジェシスは、三階から階段を駆け下りた。食事(どき)を過ぎて(ひと)()の絶えた食堂を横切り、宿の庭に出る。
 竹垣(たけがき)で囲まれた庭園は、そう広くはないが美しく整えられていた。(しゅ)()りの小さな橋が架かっている池のほとり、(やなぎ)の木の(かげ)まで来ると、彼はやっと息をついた。
 あっぶねえ……」 
 呼吸を整えながら、()(やみ)のなかで呟く。(あた)りはひっそりとして、自分の乱れた鼓動の音が響きそうな気がした。 
 ったく、何てことしやがるんだ、あいつは!!)
  惑されるままに、危うく取り返しのつかない一線を踏み越えてしまうところだった。
(くっそ……! いくら妖魔(フロウルージュ)眷族(けんぞく)相手でも、まともに抵抗できねえとは……)
  でに子供を産める身体になっていることが不思議なくらいの外見をしているくせに、あの少女は男を誘惑する――そんじょそこらの大人の女では(かな)わぬほどの()(くだ)で。
 『欲情』だの『避妊』だの『抱いて』だの、やたらと(なまめ)かしい台詞(せりふ)が、あどけない少女の口から発せられたことに関しては、今更(いまさら)驚かない。  
  フィシエと三日も一緒にいれば、彼女のこうした言動にはある程度慣れてしまう。と言うか、慣れざるを得ないのだ。これしきのことでいちいち()(ぎも)を抜かれていては、友人として彼女と付き合うことは不可能である。 
 しかし、その()(わく)的な振る舞いが、直接自分に向けられたとなれば、また話は別だ。
 ソフィシエは、人間(ワイト)妖魔(フロウルージュ)混血児(クラウ)――世にも美しく残忍な一族の血を引く彼女は、()(しょう)の魅力の持ち主にして、天性の誘惑者。
  年齢に比べて姿が幼いのも、精神構造が同年代の人間の少女のそれとは異なっているのも、全てクラウであるがゆえ。 
  女は自身のそうした特性を存分に生かし、影の兵士としての活動に役立てている。
 彼女の駆使(くし)する魅了術(ファッシネイション)によって籠絡(ろうらく)された男たちは、自分の意思を一時的に奪われ、彼女の言うがままになってしまうのだ。 
  とえ先刻のように、ソフィシエが意識的に魅了術を使おうとしていなくても、あんな行動に出られれば、(あらが)うことは難しい。 
  ェシスは、改めて彼女の『女』としての怖さを思い知った。
 妖魔の(さそ)いに乗ることは、破滅への第一歩だというのが人間たちの認識だが、さっきの場合もまさしくそうだ。衝動的に彼女を抱いたりしたら、これまで(きず)いてきた平穏な関係は、たちまち()(たん)してしまう。
  フィシエは平気かもしれないが、自分は絶対に今のままではいられない。彼女の相棒であるクレバーとの関係も、微妙に変化することは()けられないだろう。
  えるだに恐ろしい話だ。
 今の気安い付き合いは、何にも代え難い大切なもの。()(かつ)な行動は、きっと自分や彼女を不幸にする。 
  フィシエとて、それくらいのことがわかっていないはずはない。
  のに、なぜ……?
『それが少しでも(つぐな)いになるのなら……』
 (すが)るような響きのその言葉が、耳にこびりついて離れない。
 償い……? 償いって、いったい何の償いなんだよ、ソフィシエ!!) 
 ジェシスは、細い指が辿(たど)った左脚を見下ろしながら、今夜の彼女の不可解な言動の数々を思い起こした。 
(あんな昔の出来事を、まだ気に()んでたっていうのか?)
  年前の事件……いや、事故。
 今や意識することも話題に(のぼ)ることもなく、思い出すことすら(まれ)になった、あの――
 自分が忘れかけているのだから、相手(ソフィシエ)も当然そうだろうと思っていた。
 実際、彼女はこれまで、こちらに対する態度に、過去の()い目による遠慮や(うし)ろめたさを見せてはこなかった。 
  れがどうして、今頃になって……?
(つまり、いよいよ本格的に壊れ気味(ぎみ)ってことか……)
  えられる理由のひとつ――たぶんソフィシエは、クレバーの一件と関連して、以前に自分が犯したあらゆる過失を振り返っているのだ。 
 そうして時間を(さかのぼ)った彼女は、現在ばかりか、過去の自分までも激しく責め立てる。
  の結果、口を突いて出てきたのが、あの言葉だとしたら……?
 俺が一緒に来たのは、間違いだったかもな……)
 この旅の同行者を決めるとき、ジェシスは相棒のピアスに役目を(ゆず)るつもりだった。女同士のほうが、いろいろと気楽だろうと思ったからである。 
 しかし、当のピアスはニヤニヤ含み笑いをしながら、こうほざいた(・・・・)のだ。
『あたしに遠慮しないで、楽しんできな。またとない機会(チャンス)だ、嬉しいだろう?』
 いったい何の『機会(チャンス)』なのかはさておき――ピアスは、この臨時仕事を相棒に任せる気満々だったので、必然的に、ジェシスがソフィシエの仮パートナーに選ばれた。 
 だが、今になって思うと、この人選(じんせん)(あやま)りであったと言わざるを得ない。
  国の地で二人きり、向き合って過ごすことで、彼女は思い出さなくてもいいことまで思い出し、余計に苦しんでいる。 
 自分が(そば)にいるせいで、ソフィシエの苦痛が増していると考えると、胸の奥がギリギリ締め上げられるような心地がした。 女の心身両面の衰弱を食い止めることこそが役目、与えられた任務だというのに、これでは逆効果だ。 
 ソフィシエを救うには、どうすればいいのか――皆目(かいもく)見当をつけられないでいる自分が、歯がゆかった。 
  の木の脇にたたずんだまま、ジェシスは無言で、月光の散る水面を見つめ続けた。
 あの……ジェシスさん?」
  の声は、背後で、あまりに唐突に響いた。
  射的に全身を緊張させる。
  れほど静かな場所で他人に接近されたのに、気配を察知できなかったとは!
 物思いに沈んでいたとはいえ、()(かく)だ。
  っくりと振り向くと、そこには、おだんご頭の若い娘が立っていた。
春明(チュンミン)……」
 娘は、()(わく)薄紙(うすがみ)を張った灯籠(とうろう)を手にしていた。ぼんやりした明るさのなかに、()(づか)わしげな表情が浮かび上がっている。 
 すみません、お邪魔するつもりはないんです。お客様が庭へ立ち入るのは自由ですし。ただ、遠目にも何か思い詰めたようなご様子に見えたので、気になってしまって……」 
 そんなふうに見えたのか?」
 え、ええ……。まさかとは思いますが、池に身を投げようなんてお考えじゃありませんよね? ど、どうか早まらないでください」 
  刻な瞳で見上げてくる春明に、ジェシスは苦笑した。
 いや、いくら何でも、この庭の池じゃ死ぬのは難しいだろ……」
 そう言いながら、(ひざ)ほどの深さしかないと思われる池に一瞥(いちべつ)を投げる。
 そ、そうですよね。私ったら、また失礼なことを……」
  明は恐縮したようにうつむいたが、すぐに顔を上げ、改めて問いかけてきた。
 でも……何か、お悩みなんですね?」
 まあな……」
  ェシスは正直に肯定する。
 ソフィシエさんの、ことですか?」
 どうしてわかるんだ?」
 何となく、です……。彼女、あんなに若いのに、しっかりした方ですよね。けれど……とても疲れている。いえ、 に疲れているだけじゃなくて、どこか無理をしているように見受けられたので……」 
 ……ああ、そうなんだよ」
 独りで(かか)え込むには重過ぎる問題は、ふと誰かに()らしたくなることがある。
  の相手に解決策を期待するのではなく、ただその重さの一部でも共有してもらいたいという心理が働くからだ。 
  人に話すようなことではないと思いつつも、ジェシスは自然と口を開いていた。
「実はな……あいつは見ての通り子供(ガキ)だし、母国(くに)では、とある学校に通ってんだけどな。その学校ってのは、 あ名門と言うか何と言うかで、勉学とかいろいろハードなわけだ。そんで、身内の俺が言うのも何だが、あいつはその学校でも、割と優等生なんだよ」 
 ええ、確かに、そんな感じに見えます」
 架空の設定を借りたジェシスの話に、春明は真面目に相槌(あいづち)を打つ。
 ところがここ最近、勉学のほうがスランプ……ってか、あんまうまくいってなくてな。そのせいで落ち込んでんだ。 や、落ち込むだけならまだいいんだが……あいつの場合、スランプに(おちい)った自分が許せねえらしくて、休息もとらずにがむしゃら(・・・・・)に勉強すんだよ。だから、あんなふうに弱ってて……」 
 そうだったんですか……。それで、学校のお休みを利用して、この天華に旅行にいらしたんですね? ソフィシエさんを休ませるために」 
 ま、そういうことだ。いい気分転換になればと思ってな。着いたのは今日の昼だから、滞在期間はまだ半日だが、実際ここはいい国だ。料理は美味いし、人間は親切だし」 
 ありがとうございます。そう言っていただけると、天華国民として嬉しい限りです」
 春明は、月下に()(よう)のごとく()える顔を(ほころ)ばせた。
 じゃあ、明日からの観光のご予定は?」
 その質問に、ジェシスは思わず(まゆ)()を寄せた。それこそが最大の問題であるからだ。
 それなんだが……」
  ごもると、春明は困惑の気配を察したようだった。
「そう言えば……。先程(さきほど)、『明日帰るにしても、今夜泊まる場所はないと困る』というようなことを言っておられましたね。何か、急に不都合でも……?」 
 ……………………………………」
  ぐには適切な返答ができずに、ジェシスは沈黙した。
「あ! ごめんなさい、変に詮索(せんさく)するような質問をしてしまって。無神経でした……」
 いや、いい。不都合も……いくつかあることはあるんだが、一番の不都合は、あいつの(がん)()さだ。休めといくら言っても、ろくに休もうとしねえ」
 自分に厳しい方なんですね、彼女は……」
 ジェシスは(うなず)いた。
 そうだ。あいつは自分にはとことん厳しい。ただし、他人にもめっぽう厳しいけどな、あいつの場合」 
 ……そう、彼女は他人にも厳しい。でも優しい。残酷だけれど慈悲深い。まるで――のように」 
 ……? 春明?」
 薄闇に溶ける(ささや)き声を聞き取りかねて、ジェシスは問うように娘を見た。
  かし彼女は、ただ微笑(ほほえ)んで首を横に振った。
 ……何でもありません。いくつも不都合があるのなら、お帰りが早くなってしまうのも(いた)し方ないことです。せっかく来ていただいたのに、残念ですが……」 
 俺だって残念だ。(えん)()はるばる来たってのに。ソフィシエの疲労も、さっぱり回復してねえしな」 
 あ、そのことなら……私の祖父の薬湯が効けば、明日にはだいぶ体力が戻るはずですよ」 
 そうなのか? そりゃあ、ありがたい」
  湯を見たとき劇物呼ばわりしたことは伏せて、ジェシスは礼を言った。 
 あの……差し出がましいようですが……」
 ん?」 
 (ひか)えめに切り出した春明は、わずかに逡巡(しゅんじゅん)の様子を見せて、視線をさ迷わせた。だが、やがて思い切ったように、先を続ける。 
 せめて、明日一日だけでも……この島に留まられませんか? 私が近くの名所をご案内します。我が国には、 だまだたくさんの美味しいものや、珍しいものがありますから。きっと、ソフィシエさんの気持ちを少しでも(まぎ)らわせることができるでしょう」
 それマジか? 願ってもない申し出だが……あんたには、あんたの都合ってもんがあるだろ。迷惑は掛けたくねえよ。それに、あいつを説得するだけでも一苦労だぞ?」 
 ジェシスの忠告にも、春明は(ひる)まなかった。 
 迷惑だなんて、とんでもない! 大丈夫です、私にお任せください。うまく彼女を観光に連れ出してみせますから」 
 こうして、ジェシスは(はか)らずも、任務達成のための強力な(すけ)()を得ることになったのだった。 


 春明と別れて部屋に戻ると、ソフィシエはすでに奥の寝台(ベッド)で寝息を立てていた。
 小机の上には、空になった薬湯の椀が載っている。不味(まず)いのも我慢して、ちゃんと全部飲んだらしい。 
  ェシスは手前の寝台に腰を下ろし、少女の寝顔を眺めた。
 つい先刻、自分をあざとく(さそ)った女と同一人物だとは信じられないような寝顔を。
 おいソフィシエ……償いはいらねえから、さっさと忘れちまえ……」
  んなふうに呟きながらも、一方で、ジェシスにはわかっていた。
 (あやま)ちをいつまでも忘れないこと、過ちから逃げないことが、彼女の強さの(みなもと)、あるいは強さそのものなのだ。 
  物に頼ってまで、あらゆる罪を忘れようとする自分とは、全く対照的な少女。
 しかし、今はその強さが、(あだ)になっている。
  れがあまりに皮肉に思えて、ジェシスは、やるせなかった。
 この夜、彼はいつもとは違う理由で、なかなか寝付(ねつ)くことができなかった……。